2020年3月16日月曜日

寒波への手紙 令和二年 2通目

前略、寒波君。担当の乃森だ。
まずはこちらから。

==本日のりんご=======
・無袋ふじ
・シナノゴールド
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東京では桜が咲いたというのに、全く困った奴だよ君は。
気の早い住民はタイヤの交換もしてしまったという話だ。
春も近いこんな時期に突然やって来るとは、忘れ物でもしたのかね。



店の様子も段々と春めいてきておるというのに。
野菜も増えてきておるであろう。



浅葱などを見ると心も弾むというものだ。



最近の若者たちは野菜さえ切るのが億劫というじゃあないか。
このようにすでに切られたものがスーパーなどでは随分と人気があるようだ。



憶えているかね。あのオンボロアパートの近所の八百屋には
こんなものはなかったと思うが。

そう言えば僕らの酒のあてといえば
そこで安く譲ってもらった野菜を炊いただけの
なんとも質素なものが常であったな。
だが君は口は出せども手は出さん質だ。
僕は君が包丁を握った姿をとんと見たことがない。

あの頃と違って今は米を食べん人も増えたようだ。
今は美味しい米も増えたというのに勿体ない話じゃあないか。
僕は今でも専ら米専門だがね。



あの頃の僕らといえば米と味噌だけで生きていたようなものだったが、
ところで酒を買う金はあれど、なにゆえ肉を買わなかったのであろうな。
米と肉があれば随分と豪華な飯にでもなったであろうに。



豆も随分と僕らの腹を満たしてくれたではないか。



僕らは塩っ気のあるものばかりを好んでおったから、
こういったものには見向きもしなかったが、君も試してみたらどうだ。
文句ばかりが多い君でもこのアップルパイにはさすがに唸るであろう。




咖喱なども売っておるのだ。
僕らがあの頃食べておった水っ気の多い三倍咖喱とは違って
れっきとした本格派だ。
こちらも試してみたまえ。少しばかり辛さはあるがね。


知っての通り僕は相変わらず林檎売りをしておるのだが、
やはり君が突然来たせいであろう。
いくら春が近いとは言えこの有様だ。



箱入り林檎が一つも入ってこないではないか。
呑気な君は気にもしていないと思うが、今日本は大変な状況にある。
大陸の方で出た質の悪い病気が日本にまで悪さをしておるのだ。
それ故ただでさえ人が出歩かんというのに、
わざわざ来てくれたお客に売る林檎すら無いとは。
朝起き掛けに君が雪を降らしている姿を見れば、
林檎作りの人たちも重い腰が上がらぬではないか。

今日はやっとこれだけの林檎を持ってきてもらったのだ。



おや、気づかぬうちに雪も止んできたようだ。
また君は僕に顔を見せずに行ってしまったようだな。
まあよい。それでこその君というものだ。

だがね、僕であるからいいものの、
君のような珍妙な人間と付き合って気持ちの良い者はあまりおらんと思うがね。
この冬は君がどこかで遊び呆けておったものだから、
雪祭りや雪遊びができんと随分と憤った声も聞いたものだ。
実は僕もその憤った人間の一人なのだが、僕は長い付き合いだからね。
君から被る数々の迷惑にも慣れておる。
次の冬はちゃんと連れ合いの「ゆき」さんをつれて、
然るべき時に訪れたまえ。
「ゆき」さんの顔を見たいという人は多いのだ。もちろん君ではなくね。

恐らくこの冬の君への手紙はこれで最後であろう。
君をからかう機会が無くなるのはいささか残念ではあるが、
君の事だからまた急に現れることもあるだろう。
小言は次の機会にとっておくこととしよう。

いずれまた会おう。