2022年2月6日日曜日

寒波への手紙 令和四年 二通目

前略、寒波君。担当の乃森だ。
まずはこちらから。

==本日のりんご=======
・無袋ふじ
・シナノゴールド
・ピンクレディー
・スリムレッド
==================

この冬はもう君の顔は見るまい、
と僕が心に強く誓った所で無駄であったことは分かっておる。
僕の気持ち如何でどうすることもできないものであることもよく承知だ。
気まぐれな君がまたふらっと現れることが「無い」、
ということが「無い」のを、必然として捉えなくてはいかんのだったのだ。

今日は日曜日だというに、閑古鳥が店の中で鳴いておる。
居心地がいいのか、それも随分と長く居座るつもりらしい。
それはそうだ。寒々とした荒涼たる外の様子を見れば、
閑古鳥だって暖かい店内がよかろう。



我々のような所は日曜日が書き入れ時ということはわかろう。
あえてそこを狙ったかのように君は現れる。
まあ、君のことだからそんな所を深く考えもせずにやって来たのだろうが。

さて、私は普段林檎売りをしておるが、いささか転職なども考えておってね。
雪掃きの専門業者にでもなってやろうじゃないかと思っておるのだ。
あまりにも君の振舞いが酷いものだから、
そこを逆手に取って日銭でも稼ごうと考えたわけだ。
ご覧。こんな日に一体誰が林檎なぞ買いに行こうと考えるか。



朝から雪掃きに埋没しておって、
林檎作りの各々と今朝はとんと顔を合わせておらん。
いや、そもそも来ておらぬかもしれんな。

覗いてみればいらぬ心配であったか。
程々に品は揃っておるようだ。




君は西洋梨は食べたかね。
時機を計るのがいささか難しいが、食してみれば大層美味だ。
試してみるといい。


見たまえ。見慣れぬ赤いりんごがあろう。
これは海の向こうで盛んに作られておる「ピンクレデイ」というものだ。
日本では許された者しか作ることができぬ稀なりんごである。


いつぞやの歌手にも同じ名前の者がおったが、随分と古い話だ。
今の若い者には「ピンクレデイ」と言った所で頭に浮かぶ者も少なかろう。

若い時分に君ともよく鍋をつついたが、立派な白菜がでておる。
鍋も良いが、僕はざく切りにして昆布と塩でよく揉んだものを
好んでよく食べておったが、君も覚えておるだろう。


ここには「青菜漬け」という昔ながらの食べ物がある。
その元になる青菜だ。
君は里が北の方であるから知らぬだろう。
「せいさい」と読むのだ。


君の顔は今日限りと願いたい。私は春を待ち焦がれておる。
見よ。浅葱だ。


君は西洋のスパゲッテイというものを食べたことがあるか。
この浅葱を燻製肉と炒めてスパゲッテイと絡めて食べてみるといい。
成程と合点がいくはずだ。


珍しい小さな葉っぱがある。
これは「プチヴエール」と言う芽キャベツの仲間だそうだ。
幾らか苦そうに見えるがそんなことは無い。軽く火を通して食してご覧。
ほのかに甘味があるのがわかるだろう。


レタスやほうれん草も出ておるな。
この雪深い地でもハウスを用いて野菜を作っておる見事な人物もおるのだ。
君が大雪を連れてこようが、こうやって持って来てくれておる。
大いに感謝こそすれ、君のせいもあるから私はなんだか申し訳なくもなる。


今は暖房の利いた部屋でぬくぬくと君への手紙を書いているわけだが、
外を見やれば、それにしてもよく降る。


そう言えば君のお陰でこの冬私は左腕を痛めてしまった。
機械では如何ともし難い所を金のスコップで雪を退かして、
退かし続けておったのがたたり、どうやら筋をおかしくしてしまったらしい。
しかし君、こんなことは初めてのことだ。
先の冬も君は随分と大暴れしてくれたが、その時でもこんなことにはならんかった。
それにこの冬は、林檎売りの無い休日にまで私は雪片付けをせねばならん始末。
寝る間も惜しみ、雪片付けに邁進せねばならんとは、
本当にこの冬にはほとほと参っておる。
次の休日も近いのだが、また雪片付けをせねばならんと考えると、
君と言う奴は迷惑千万なものだよ。

随分と長くなってしまったので、そろそろ筆を置こう。
書こうと思えばいくらでも君への苦言は書けるのだが、
書いた所で当の本人が然程とも気にしておらんのだからな。
またひょっこり現れるに違いない。
だがな一つ言っておく。君と僕との仲だ、僕の所ならまだいい。
だが、あまり馴染みのない所にだけは行くのだけは良くない。
車が動かず道が塞がったりもするそうだからな、止めておいた方がいい。
人様に迷惑はかけるもんじゃあない。

そうだ。手土産でも持って行くといい。
君は珈琲を飲まん質だったかどうか、
それならば連れ合いの「ゆき」さんにでもあげるといい。
ここでしか飲めんものだ。持って行きたまえ。


君と会うのも今季はこれで仕舞いとしたい。
ああそうか。私が思った所で無駄であったのであった。

この手紙を書き終えたら私はまた雪掃きに戻る。
いいかね。春になるまで大人しくしておるのだぞ。
では、いずれまた会おう。