前略、寒波くん。担当の乃森だ。
まずはこちらから。
==本日のりんご==========
・無袋ふじ
・シナノゴールド
・はるか
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昨年はちいとも顔を見せなかったというのに、
今年はやけに君と顔を合わせる。
しかも今年は十二月も半ばに突然やってきて、随分と居座っておったではないか。
今日も目覚めてみれば、また君だ。
こんなに君と長く顔を突き合わせているのも、我々が学生の時分以来ではあるまいか。
見たまえ。君が来るとこんな調子だ。
この広い駐車場もこの有様である。
誰も来んのだよ。君がやってくると。
さて、前から君に話しておるが、私は相変わらず林檎売りをしておる。
入口の横だ。
不思議な桃色の兎の置物ではないぞ。
桃色の兎の隣を見てみたまえ。
これは我々の目玉商品でもあるのだが、これが本日の入荷分の全てだ。
奥まで台が並んでおるのがわかるであろう。
本来であれば雪降りでも、隣の台ぐらいまでは並ぶのだ。
だが君が来ると話が違う。
誰も林檎を持って来てくれなくなるのだよ。
いいかね。商品も無い、お客も無いとなると、
一体私のお給金を誰が払ってくれるというのか。
君が代わりに払ってくれる訳でもあるまい。
だから私は毎年君にこのような苦言を呈する手紙を書かなくてはいけなくなるのだ。
お店の中も見てみたまえ。
ずらっと並んでおるように見えるが、少し訳が違う。
この中の多くは過日に並んだものだ。
分かるかね。つまりお客も来ないし、生産者も来ないということだ。
どうだ何か気が付かぬか。
そうなのだ。小松菜がおらんのだ。
あまり君を責め立てると、長い付き合いとは言え、
気を悪くするかもしれんと黙っておこうと思ったのだが、
実はこれも全て君のせいなのだよ。
先の月に君が突然やってきたであろう。
その時だ。なんとビニルハウスの屋根が破れてしまったと言うではないか。
君、農家にとってはとんでもない大損害だ。
話しによるとこの月も先の月も小松菜が作れんそうだ。
まったく、困ったことだよ。
昨年は遠くの方で悪さをしておった分、
今年はこちらに来て随分と調子に乗っておるではあるまいか?
それにしても何故君はこうも長く居座っておるのだ?
いつもであるならば、ふとやって来ては挨拶もなくそそくさと帰っていくではないか。
だが今年は随分早くにやって来て、全く帰る素振りも見せん。
聞けば、明日も明後日もここにおるそうだな。
私もほとほと困っておるのだ。
君がいるとなると私も君の相手をしなければいけなくなる。
学生時分ならいいものの、私もあの頃とは違う。
夜通し酒を酌み交わすなんてことはもうできん。
仕事もあるし、子どもの面倒も見なくてはならん。
分かるであろう。
それに、朝早くに起きて雪掃きもせねばならんのだ。
そうか。君の魂胆がわかったようだ。
いつだったか私のアパートに随分と長く居座っておったことがあったな。
ちっとも帰らず、私の貴重な米を食らい、酒を舐め、
いざ帰るとなって君の口から出た言葉が「金を貸してくれ」だったな。
今回も金の無心であろう。
何に使い込んだかはわからぬが、またくだらない事につぎ込んで、
財布が軽くなっておるのだな。
だが、諦めたまえ。
私には君に貸すような金は持ち合わせてはおらん。
君は今日本中に「コロナ」というものが蔓延しておるのを知っているだろう。
林檎売りの私もそのあおりを受けて、少しばかり金回りが悪いのだ。
お客が遠のいた時期もあってな、やっとお客が戻ってきたと思ったら、
突然の君だよ。突然君がやって来てお客もぱたりと姿を消した。
先にも話したが、お客が無しでは私のお給金も増えることはないのでね。
だから諦めたまえ。諦めて早くお帰りなさい。
餞別にうまいものでも渡してあげよう。
ニンニクが良く利いて実にうまい。
私も先日、鍋に豆腐と豚肉だけを入れて取り上げたものに、
少しばかりつけて食べてみたが、いいものであった。
そこに旨い酒があればなおよかったのだが、まあ旨い酒を買う金もないのでね。
では私はそろそろ君がいたずらに残したものを片付けに行かねばならぬ。
また明日も同じことをせねばならぬと思うと辟易だがね。
いずれまた会おう。